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2018/02/21

『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド

久しぶりに、読むのを止められない小説に出会った。
19世紀アメリカの逃亡奴隷を手助けする地下組織「地下鉄道(Underground Railroad)」を、文字通り地下を疾走する鉄道として描いた長編小説。
奴隷の生活は取材を重ねた事実にもとづいて構成され、随所に挟み込まれる逃亡奴隷の手配書などは実際のものをそのまま引用しているそう。
テーマは重く、ずっしり……。だが、逃亡劇のあいだに、奴隷をめぐる登場人物の内面を丁寧に描写した章があり、逃亡劇のハラハラと人物描写の味わい深さのミルフィーユ状態で、一気読みしてしまった。

コーラはランドル農園の奴隷だ。身よりはなく、仲間たちからは孤立し、主人は残虐きわまりない。ある日、新入りの奴隷に誘われ、彼女は逃亡しようと決意する。農園を抜け出し、暗い沼地を渡り、地下を疾走する列車に乗って、自由な北部へ…。しかし、そのあとを悪名高い奴隷狩り人リッジウェイが追っていた!歴史的事実を類まれな想像力で再構成し織り上げられた長篇小説。世界を圧倒した奴隷少女の逃亡譚。ピュリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞、カーネギー・メダル・フォー・フィクション、シカゴ・トリビューン・ハートランド賞、レガシー・フィクション賞、インディーズ・チョイス・ブック・アワード受賞!ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーAmazon.comが選ぶ2016年のNo.1。
amazon「BOOK」データベースより引用

2012/11/08

OSX Mountain Lion & Delicious Library 2 で連絡先が追加できないとき

意外と便利に使っていた、Delicious Library2の貸し出し管理機能。
自宅のMacをMountain Lionにアップグレードしてから使おうとすると、
あれ、連絡先が1つも出てこない……。 新規に追加もできない……。

そんなに頻繁にアップデートするソフトじゃないしなぁ、
対応しなくなっちゃったのかなと思いつつ、サポートに連絡すると、
  翌日にはすぐに返事が。素晴らしい!

結論としては、
システム環境設定 > セキュリティとプライバシー > プライバシー
で、連絡先に対するアクセスを許可してあげればよいのでした。

セキュリティとプライバシー

海外のある程度の金額するシェアウェアは、
ちゃんと返事をくれる印象がある。
国内のシェアウェアで、同じくらいの値段がするのに、
アップデート皆無でメールの返事すらかえってこないものに
いくつかあたったことがあるから、
こういうふうにすぐ返事がもらえて、サクッと解決するのは本当にうれしい。

2010/10/21

怪談

今日、職場で唐突に同僚からパッケージをはがしたDVDを「見る?」と。
中身を見ると、黒沢清監督の「CURE」。最近、ホラー映画を全然見てなかったので、怖いもの好きな同士を見つけたみたいで嬉しかった。

で、話は変わるけど、あー、この怪談ダメだなーと思うパターンって結構似通ったものが多い気がするのでちょこちょこまとめていきたいなと。
  • それは絶対に夢や幻ではありませんでした、という自己申告
  • 急に金縛りや体調不良に襲われた、といいつつ寝てなかったとか落ち込んでたとか告白してしまう
  • こういうものを見るのは初めてではないので…という謎な一文
結局、客観的な「事実」を強調されたり、よく見る私が言うのだから「間違いない」と言われても、お話の面白さとは関係ないよ、ということなのかな。

自分が、怪談が好きなのは、その突拍子もなさや、オチのない終わり方に、他の創作物では出せないユニークなストーリーとか、まるで豆腐をナタで切るような静かな狂気を感じるから惹かれるのです。

いろいろ書きたいけど、まとめきれない…
おすすめを2冊あげて、今日はオシマイ。

meido.jpg
絵本。金井田英津子さんの絵が素晴らしい!

kaidantureturegusa.jpg
「見える」側からのよもやま話。対談形式で臨場感たっぷり。
挿画は単行本のほうが断然好み。ブックデザインはコズフィッシュ。

さて、いつ 「CURE」見よう。

2010/09/16

モニタとプリントアウト

読みやすさと理解は相反?:電子書籍への提言 | WIRED VISION
を読んで。

この記事では、電子書籍に対して理解しやすくするために、
読むことを「難しく」する機能が欲しいと思う。例えば、フォントをわざと変えたり、画面のコントラストを下げたり、白黒を反転させたりといった機能

を追加することを提言している。

画面上では間違いが無いように見える文章も、実際にプリントアウトしてみると間違いを発見しやすい


という経験から、それは

紙の上では、慣れていないことから少し緊張が与えられるため、読むことに意識化する


からじゃないかと言っているのだけど…

つまり、電子書籍(この場合Kindle)では、読みやすすぎて、内容に意識を集中できず読み飛ばしているのでは、と仮説を立てて最初の提言に至るのだけど、そうかなあ。

プリントアウトすると間違いを発見しやすいというのは、すごく分かる。
ただ、「慣れていないことから少し緊張が与えられる」っていうのはどうなんだろう。

Kindleを使ったことがないから、そこは分からないけどPCのモニタに限って言えば、広さと距離の問題な気がする。

モニタで見る文字は、スケーラブルでスクロールも自在。どこまでも広がって、どこまでも近づける(制限もあるけど。たとえば6400%まで…とか)。プリントアウトすると、それがビシッと固定されるから、“見る”ことにフォーカスできるような気がするんだけどな。

なんか、あまりに違和感があったので思わずポストしてしまった。そんなにKindle読みやすいのかな。

2010/09/07

閉店

バーンズ・アンド・ノーブル(Wikipedia)が閉店を決めたそうだ。

driven out by high rents, the company announced on Monday.

Barnes & Noble to Shutter Lincoln Center Store - NYTimes.com


記事では、高い賃料が原因だそう。一体、賃料はいくらくらいなんだろう。
大型書店に行くと、やっぱりその場を歩きながら、いろんな本を眺めるのはすごく楽しいし、驚くような出会いがあるものだなーと思っていたけど、それは高い賃料や、売り場づくりの努力に支えられている、もしかしたら今後は簡単には望めない貴重な体験なのかもしれないと思った。

閉店つながりで、最近、HMV渋谷が閉店した。そのことを「やっぱり配信で買う人が多いのかな」なんて、簡単に考えていたけど、このブログを読んで、それだけじゃない、いろんな問題が複合したものなんだな、と思った。

閉店を発表する少し前、HMVの顔である渋谷店は大々的なリニューアルをした。その新装オープンに期待をかけた僕は、早々に足を運んで、絶句した。
リニューアルしたその店は、もう、ただ床面積の広いだけの、巨大な無個性店に変わり果てていた。
前述の看板設置スペースをいたずらに増やし、所蔵枚数をストックする棚を大幅に減らし、忘れ去られるべきでない過去の名番や、売れはしなかったが歴史を変えた名作は、ことごとく店頭から姿を消し、大型店の最大の喜びであるはずの、自分の為の一枚を探し出す楽しみを僕らから奪ってしまった。
この時、僕は、この店の終焉を確信した。

レーベル運営の悲喜交々:HMV渋谷閉店にまつわる僕の見解 - livedoor Blog(ブログ)


僕は、本が好きだけど、こういう売り場の楽しみは、主に古書店に行く時に感じていたように思う。外房の小さい町出身だから、大きい書店なんてなくて、小さい古書店のカオスが楽しかった。

一生かけても読み切れない量の本が世の中にあるのに、今、ここに、この本がある。ちょうど読みたかった本、しかもワゴンで100円!なんていう楽しみ。10冊少ししかない外国文学のコーナーにすごく面白そうな本を見つけて、すごくうれしくなるような。

でも、学生のころに行った書店で、そういう楽しみを求める気持ちも少し冷めてしまった。だいぶコンディションの悪い、昔から読みたかった本を見つけてレジへ持っていったら、値札が付いていなかった。
店番をしていたおばちゃんは、しばらく値段を探してから、ネットで価格を調べ始めた。しばらくして、「へー、この本高いのねー」と言い、定価の半額を告げた。

店主が不在の時の販売のオペレーションなのかもしれないけど、なんというかそういうことをされると、幻想が冷めちゃう。ネットで買える値段に揃えられてしまうなら、そっちで買うよ。ぼろい本なら、すこしでも値段に手心を加えるような、なんかそういうイベントが欲しいのに(もちろん、そんなことしないよってお店もあるだろうけど)。

こういう古書店普通なのかな。
近所にあるお店は、ホームレスの人が集めてきた漫画雑誌を大量に買い取って売りさばいてるし(買取カウンターにしょっちゅういる)、嫁がその店の本を買おうとレジに持っていったら「この本は買取できるレベルじゃない」って言われたらしいし(そんなん売るなよ)。

帰り道にフラッと寄るのが好きなんだけど。面白いお店に狙って行かなきゃだめだね。

2010/09/01

電気ショセキ

電子書籍のニュースをぱらぱらと読んでいたけど、
まとまらないので、とりあえず感想だけでも少しづつポストしていこうと思う。

denki_syoseki

しかし、「電子書籍」って「電気ブラン」みたいな、いつかレトロなものとして懐かしまれてしまいそうな響きを感じてしまう。
「ほん」くらい突き放した、シンプルないい言葉ってないのかな。
「E本」…。

“大前提として「特定のビューワ・環境でないと読むことができない」という制約を設けてはいけない、と考えています。紙の本にはそんな制約なんてない”
ASCII.jp:iPhone/iPad規制と、これからの電子書籍

まつもとあつしの「メディア維新を行く」

やっぱり、特定のデバイスを持っていないと楽しめないという部分が、一番ひっかかる部分かもしれない。

iPadの電子“雑誌”も、どれだけ面白いものができても、iPadを持っている人の数を上限としてしか売ることができない。
ターゲットがiPad所有者とかぶるなら、十分な数だったりするのかな。


“Kindle3最大のポイントは日本語フォントが入ったことだろう。 フォントは1種類。丸ゴシックっぽい書体だ。”
「Kindle3」最速レビュー! iPad、旧Kindleと徹底比較(エキサイトレビュー)


新型Kindle発売のニュースを聞いて、これは買ってしまおう! 電子書籍時代だし! と盛り上がっていたけど、やめた(とりあえず)。
どんな文章も丸ゴで読まされるなんて!

決して上手くはない、いろんな制約がある、けどその中でデザイナーは苦労して書体を選んでいるはず。
そうやって選んだ書体が、それぞれのことばを強くしていくんだと思うんだけど。これは、デバイスの進化を期待するしかないのかな。
フォントを埋め込んだPDFは表示できるみたいだけど…

2010/08/10

特色の素晴らしい本

P8040131

印刷博物館のブックデザイン展で見て、素晴らしいと思った本。
特色3色のみ(多分)をうまく使って、いろいろな人々のイラストを紹介している。

アマゾンで取り扱いが終わってしまっていたので、
ためしに飯田橋のフランスの書籍専門店欧明社に取り寄せしてもらった。

洋書はとにかく高いというイメージがあったけど、約3000円。
どうだろう、安いほうだと思ったけど…

P8040130

イラストもかわいい。

P8040129

UNE BEAUTÈ。 翻訳すると…「美しさ」?
きれいな人って意味なのかな。

P8040127

UN BOSSUは…「せむし」。日本だと子供向けの本には使えなさそうな言葉。

P8040126

カバーは、広げるとちょっとしたポスターのような作り。
なんかアニメっぽい顔と、シンプルでオシャレな顔の二つのテイストが混ざってるのが、なんかアンバランス。

P8040125

上の本を購入したのは欧明社の本店。
偶然、日仏学院の方の店舗にも行きました。そこで見つけたイラストたっぷりの新聞?
フランス語がまったくダメなのでどんな媒体なのかよく分からない…
しかし、かなり毒のあるイラストがフレンチな感じ。

セールで一部100円。

2010/07/20

この大きなうねり

この大きなうねりの中で、わたしたちは表現とは何か、書物/読み物を作る・読むとはどういうことか、新しいメディアにふさわしい表現技法とは何か、といった根本的な課題をもう一度考え直すことになるのだろう。そして、紙にこだわる人も、最先端の流れに乗っていく人も、新しい世界を見つめることになる。

電子書籍は波紋を生む「一石」となる « マガジン航[kɔː]


電子書籍のことが話題になるたびに、
例えばKindleなり、iPadなりのデバイスを手に入れられない人は、どうなるのか、
例えば両親の書棚から、レーティングがあったら読めないような本を見つけたり、
例えば古書店で、星の数ほどある本がそれぞれのドラマを経て棚をかたちづくっているのを見て運命を感じたり、
そういうものがどうなるのかがあまり語られていない気がして仕方がなかった。

もちろん、個人として(そして雑誌、それに類するものを扱う会社の社員として)すごく興味もあるし関わっていきたいと思っているのだけど、完全に肯定できない部分を語るのが懐古趣味的なネガティブなことに思えてしまっていたのだけど、

電子書籍に関心がある人と、電子書籍がいやという人との対話によって、新しい時代が作られると思う――と樺山さんは語る。


こういう意見を聞くと、すごく前向きないい気持ちになる。ともかく、時代は変わる。紙の本は消えるかもしれないけど、書き手と読者は常にいる。そして、それをつなぐ人も。

なるほどな、と思った「紙の本」の特性についていくつかメモ。

文庫本・新書版では、適切な大きさの文字で、見開き平均約1分間で読めるという特性がある。このように、書物というのは大変な発明だった(「マガジン航」掲載の津野海太郎「書物史の第三の革命」を参照)。


RSSリーダーで興味深い記事を見つけても、文字が小さすぎたり、行長が長すぎたりしてとても読めないことが多い。デジタルで「読む」ことがこんな不便を伴ったままでいいのか、と思うけど。これはソフトが解決するものなのかな。

紙のマンガでは、見開きになっているのが普通である。そして、たとえば登場人物が扉を開くシーンは、見開きの最後のコマに置くというようなテクニックがある。そうすると、登場人物と一緒に読者もページを「めくる」という作業が行なわれる。


Kindleとか、iPadでミステリを読んでみたい。ページをめくることと、物語が展開していくことはけっこう密接につながっている気がする。

2010/03/15

Words of the day.

3月半ばに会社が移転する。
で、耳が痛いお言葉。

掃除をしなさい。
Sweep.


grapefruit juice
オノ・ヨーコ

予備校生時代に、図書館で借りたハードカバーのこの本を、
思わずすべて書き写したことを思い出す。
もともと、ドローイングをやりたいと思っていたけど、
思うように自分のモチーフも感情も見いだせずにいた自分に、
イマジネーションを羽ばたかせる気持ちの良さを気づかせてくれた。

本とその周辺に関わりたいと思うのは、
大学入学後だけど、こういう経験もまた、いまの自分を形作る要素のひとつだったんだろうな。

いま一番好きなのはこれかな。

思い出を脳の片半分に入れなさい。
そこに閉じこめ、忘れなさい。
脳のもう片半分に
それを探させなさい。
Put one memory into one half of your head.
Shut it off and forget it.
Let the other half of the brain long for it.

ナンバーがいくつかなのか分からなくなるので、
これから、タイトルに連番を付けるのは止めます。

2010/03/10

オオカミと樽売り

MacBookの容量が一杯になってしまって、ファイルを整理していたらこんなテキストファイルが見つかった。
どういう経緯で見つけたのか…、知恵があれば人の命さえ救えるというところに感動したんだろうな。

作者はセルマ・ラーゲルレーフ? ニルスシリーズの作者の方なのかな。未読なので、いつか読もう。

 その昔スウェーデンのヘリェダーレン地方の山中で、オオカミが樽売りの男を襲った。冬の凍った川の上をソリで渡ろうとしている時十頭程のオオカミに追いかけられたが、男の馬は駄馬だったので逃げ切れるとは思えなかった。
 男はオオカミの吼える声を聞き追いかけてくるのを見ると、のぼせ上がり、ひたすら馬に鞭を当てていたが恐怖のあまり手足が震えるほどだった。そのまま山道を馬ゾリで逃げていると、男のほうに向かって、おばあさんが歩いてくるのが見えた。多分ソリに隠れて狼の姿が見えないのだろう。男はその時、おばあさんに注意をしないで素通りすれば、おばあさんが野獣の餌食になり自分は助かるだろう、自分と馬2つの生命を助けるには1つの生命を犠牲にするのが最善だと考えた。
 その時オオカミが激しく吼えたので、馬は驚いて狂ったように駆け出しておばあさんの前を通り過ぎてしまった。おばあさんもオオカミに気付いたようだった。
「俺がおばあさんの前を通り過ぎた時は、俺のほうが魔物に見えただろうな。」
 逃げられると一応安心したものの、すぐに彼の心は痛み始めた。彼は今まで一度も不名誉な事をしたことがなかったので、自分の一生はこれで傷が付いてしまったと思った。
「俺にはおばあさんをオオカミの餌食にさせる事はできない!」
 男は馬を後戻りさせ、不機嫌そうにおばあさんをソリに引き上げた。
「お前の為にオオカミに追い付かれれば、俺も馬も死ななけりゃならないんだ!」
男は猛烈に走ったが、後ろからオオカミのハアハアと息をするのが聞こえたので追い付かれたと男は悟った。
「もうだめだ、お前を助けてやろうとしたせいで結局俺もお前も死ぬんだ!」
 男は叫んだ。
 おばあさんは今までずっと黙っていたが、
「どうしておまえさん、樽を投げ出して荷を軽くしないの?明日引き返して拾っていけばいいんじゃないのかい?」と、言った。
 男は、そんな事すら思い付かなかった自分に呆れ、おばあさんに手綱を取らせて樽を投げ捨て始めた。オオカミは氷の上に投げ出されたものが何か確かめようと立ち止まったので、ソリは少しオオカミを引き離す事ができた。
「これでだめなら、私はお前さんが逃げられるようにオオカミに身を投げ出すからのう。」と、おばあさんが言った。
 その時、男はソリの上から大きな樽を投げ出すところだったが、手を止めて考えた。
(馬と俺は不自由のない身だ。その俺たちの為に、このばあさんをオオカミの餌食にする事はない。何か助かる方法もあるだろう。…うん、あるとも。ただ、その方法が俺に見つからないだけなんだ。)と、彼は思った。
 彼は樽を投げようとしたが、また手を止めてハッハッハッと笑い出した。
 おばあさんは驚いて、気は確かなのかと男の顔を見たが、男のほうは自分の間抜けさを考えておかしくなったのだ。どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう、と。
 男はおばあさんに、
「俺はみんなが助かる方法を思い付いたよ。お前、このソリにのって村まで走っていき、村人に助けに来てくれと頼むんだぞ。」
 そう言って、男はオオカミがソリのすぐそばまでくると、いちばん大きな樽を氷の上に投げ出して下向きになった樽の中に潜り込んだ。
 オオカミどもは、中にいる男をどうすることもできない。
 男は樽の中で寝転びながらオオカミどもをあざ笑っていたが、やがて
「これからは、俺は何か困った事があったらこの樽のことを思い出そう。俺は自分に対しても他人に対しても、不正な事をする必要はないんだ。物事を解決するみちは、見つけようと思えば、いつでも見つかるものなんだ。」
と、言ったのだった。


Nils Holugerssones underbara resa genom Sverige
By Selma Lagerlof 1906-1907

2009/10/22

ウブスナ

今では考えられない、出産の儀式。結局、予約が取れなくて見られなかったけど、直島の「きんざ」を思い浮かべた。
インターネットも、音楽もない静かな空間で、海から取ってきた砂の上で過ごす空間はどんなだったろう。
直島の「南寺」で、ぼんやりとした光を一生懸命知覚しようとした。産屋に砂を持ち込んだ人も、海の持っているいのちの光を感じたかったのかもしれないと思った。

 谷川はあるとき、敦賀湾に面した常宮(じょうぐう)という海村で、ある老人から自分の子供3人を集落の産屋(うぶや)で生ませたという話を聞いた。
 産屋は屋敷の片隅にあって、隣りには煮炊き用の竈(かまど)がしつらえてある。産気づいた妊婦がそこに入ってから出産まですることはよくある光景なのだが、この地の習慣では母子は赤児が生まれてからも、その部屋を出ない。それが1カ月も続く。そこまで母子が時をすごす産屋はどんな部屋なのかと聞いてみると、その産屋には畳がなく、海から採ってきた砂を敷いてあるという。その上に藁を敷きつめ、筵(むしろ)を重ね、いちばん上に茣蓙(ござ)を置く。しかし妊婦が代わるたびに、砂はすっかり取り替えるらしい。そこで谷川が、「砂まで変えるんですか」と尋ねると、「ウブスナだからね」と言ったというのだ。

『常世論』谷川健一 松岡正剛の千夜千冊・遊蕩篇
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1322.html

2009/10/08

「 亀井勝一郎『読書に関する七つの意見』。読書指南書としていまも欠かせない有名な1冊。」そのうち読みたい。その七つとは、
①読書は「自分の中の語り部」に気がつくということ、②書物の洪水のなかで困っているときは「思想の源泉」になるべきものを見いだすこと、③そのうえで「自分の原典」を発見すること、④読書こそ人間にとって最も純粋な時間を提供するものだろうということ、⑤読書は「感覚の訓練」であって「人生の批評」でありうべきこと、⑥読書には必ず「害」もつきまとうこと、⑦すべからく読書人は「老いたファウスト」に向かうのであろうこと
『書物の達人』池谷伊佐夫 松岡正剛の千夜千冊・遊蕩篇
最近、小説を読んでない。本当に好きな本は、じっくり読めるときまでとってあるし。うーん、何読もう。あ、読む暇なかった。

2009/09/10

記憶と書物の話 1

博覧強記の者を前にすると、人はよく「あんたのアタマの中を覗いてみたいもんだ」と言いたがる。ぼくもときどき、そういうふうに言われることがある。この投げやりな称賛には、しかし記憶と再生とのつながりが見えていないように思われる。
 博覧はディレクトリーがよくできていることを、強記はそれをブラウンジングするしくみがよくできていることを言うのだろうが、実はもっと大事なことは、その博覧と強記との二つのあいだには、思いもよらない「つながり」があるということだ。
 ぼくは何かを憶えていたいとは思っていない。知っていることなど、できるだけ放出してしまいたいし、どちらかといえば耄碌に憧れてきた。けれどもあまりに何も憶えられないタチなので、その記憶と再生のしくみを工夫するしかなかっただけなのだ。そのうえで、さまざまな本を読むうちに、多くのことがつながっているだけなのだ。本は、ぼくの救世主だったのである。

書物を読むということは、そのなかのテクストを、テクストに書かれた内容を、その順に汲みとることではない。そんなことをしても、ぼくにはそれを再生することは不可能だ。小説はまだしも、それ以外のものを読むんだったら、この手の読み方にはかなり限界がある。そう思っていたら、中世の文人たちこそ、今日に蘇るべき読書法を開発しきっていた。
 中世、書物に接するということは、テクスト以前とテクスト以降との、テクスト内部とテクスト外部との、その両方を読むことだったのだ。たとえば12世紀の初めのサン・ヴィクトルのフーゴーは、若い学生たちが写本のページのレイアウトや装飾とともに書物を読むことを奨めた。リテラトゥーラ(書かれたもの)はメモリア(記憶)の図形配置だったのである。

索引用語や検索記号は今日の書物やパソコンのように、最初から書物の巻末やパソコンの別欄に表示されるものではなかった。アタマと書物の“中”に同時に記されるべきものだった。
 そのため、章や節に番号をふること、テクストをグリッドに分けること、重要な最初の文字を彩色すること、朱書きすること(rubricare)、文中にアーチや柱のしるしをつけること、そのほかさまざまな工夫が試された。ぼくはこれを本に書きこむマーキングとしてずいぶん時間をかけてエクササイズしてきたが、セビリアのイシドルスたちは、とっくにこれを「アルス・ノタタリア」にしていたのだった。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1314.html

2009/06/03

J.D.Salingerが帰ってきた(違う道から)

J.D.サリンジャーが長い隠遁生活から戻ってきた。

ただし、新作の発表ではなく、続編出版を止めるための訴訟でだ。
サリンジャー氏、「ライ麦畑でつかまえて」続編をめぐり提訴

米小説家J・D・サリンジャー氏が1日、代表作「ライ麦畑でつかまえて」の続編出版を予定している著者と出版社を相手取り、著作権侵害で提訴した。

続編は著者が「J・D・カリフォルニア」、タイトルが「60 Years Later: Coming Through the Rye(原題)」となっている。

サリンジャー氏、「ライ麦畑でつかまえて」続編をめぐり提訴 | エンタテインメント | Reuters


原著者以外が、ある作品の設定を使って続編を書く、ということ事態は悪いことではない。
夏目漱石の「坊っちゃん」の30年後を登場人物の一人、「うらなり」の視点から描く、小林信彦の「うらなり」はかなり面白かった。「坊っちゃん」の明るくて破天荒な雰囲気と対比になっていて、一つの話を裏と表から見る、そんな楽しさがあるし、原作への愛もあって別の作者が書いていても、一つの作品世界がより厚く、広がりのあるものになっていると思う。

Amazon.co.jp: うらなり: 小林 信彦: 本

文藝春秋|本の話より|自著を語る

考えてみると、「坊っちゃん」も「ライ麦畑でつかまえて」も、最初読んだときには全く面白くなかった。数年たってから気まぐれにもう一度読んで、その面白さにびっくりした記憶がある。

この裁判の決着がどうなるかは分からないけど、こうやって話題にもなり出版社は是非とも出版したいところだと思う。60年後(!)のホールデンも見てみたい、とは思う。

けど、「ライ麦畑でつかまえて」は、周囲の大人や友人たちの、社会に溶け込むための欺瞞に対する反発が魅力的なんだと思う。10代特有の、こういう反発や無垢さは、失われていくものだからこそ、読者がそれを失いつつあることを分かっているからこそ、この作品は面白いんだと思う。

もし続編のホールデンが、無垢であることを貫き通した隠遁者として描かれるなら、それは作者サリンジャーのゴシップニュースじみたものになってしまうのでは、とちょっと心配な気がする。

「J・D・カリフォルニア」の書く「60 Years Later: Coming Through the Rye」。作者名とタイトルからは全く期待が持てませんが、どうなることか興味深いです。

2009/05/29

Appleのこころがわり

AppleがiPhone用電子ブックリーダーをApp Storeに登録拒否したらしい。

iPhone電子ブックリーダーが「発禁」に:理由はインドの古典 | WIRED VISION

米Apple社が、『iPhone』用電子ブックリーダーを『App Store』に登録するのを拒否した。著作権のない書籍を提供する『プロジェクト・グーテンベルク』を利用するものだが、問題になった本とは。

古代インドの性愛の経典『カーマ・スートラ』の検索やダウンロードが可能だからという理由だ。

Apple社は通常、不快感を与える可能性があるiPhoneアプリのコンテンツに対しては厳しい姿勢をとっている(日本語版記事)が、ユーザーが手動で検索してダウンロードする必要があるコンテンツを理由にアプリを拒否したのは、筆者が知る限りでは今回が初めてだ。 Montgomerie氏は、[Apple社が提供するブラウザー]『Safari』でググれば簡単にカーマ・スートラを検索できるのに、と指摘している。


プロジェクト・グーテンベルクを利用していることに対して、電子書籍などのコンテンツ提供会社への配慮で難癖をつけたんじゃないかと勘ぐってしまう。
「『Safari』でググれば簡単にカーマ・スートラを検索できるのに」という指摘ももっとも。むしろ、この論で行けば「Safari」はそっこく“発禁”処分だろう。Appleの「1984」で見せた姿勢とはまったく逆。残念。



本家「1984」は未だDVD化されてないみたい。レンタルビデオ屋でVHSを買って持ってるけど、テープ切れそうでまだ見てません…。DVD変換サービスとか使ってみようかな。

CinemaScape/1984(1984/英)

そのうち原作も。

Amazon.co.jp: 1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8): ジョージ・オーウェル, 新庄 哲夫, George Orwell: 本

2009/04/29

幸運な悲劇のノンフィクション

41万語以上の収録語数を誇る世界最大・最高の辞書『オックスフォード英語大辞典』(OED)。この壮大な編纂偉業の中心にいたのは、貧困の中、独学で言語学会の第一人者となったマレー博士。そして彼には、日々手紙で用例を送ってくる謎の協力者がいた。ある日彼を訪ねたマレーはそのあまりにも意外な正体を知る――言葉の本流に挑み続けた二人の天才の数奇な人生とは? 全米で大反響を呼んだ、ノンフィクションの真髄。

マイナーはどうしても自分が役に立っていると思いたかったのだ。自分が参加していると感じたかった。賞賛の言葉を雨のように浴びたいと望みながら、それは無理なことだと自覚してもいた。彼は尊敬されたいと思い、自分は特別であり、他の独房にいる者とは違うということを、ブロードムアの人々に知ってもらいたかったのだ。

「博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話」
サイモン・ウィンチェスター 鈴木主税訳、ハヤカワ文庫NF


残念ながら、オックスフォード英語大辞典(OED)にお世話になるほど英語と接していないですが、ノンフィクションとしてはかなり面白かった。学問とそれを支える知的好奇心が境遇は違っていても満たされない二人の男の存在を支えていた、その事実がなんだか純粋で気持ちが洗われる。
あとがきの著者がこの本を書くきっかけになった、OEDのあるページの活版のモト(?活字が組まれたプレートのことです…。なんて言うんでしょ)に出会ったお話は、ちょっといい話。

平野甲賀さんの装丁も素敵です。特殊な印刷って、いい装丁の条件じゃないんだな、と改めて思いました。

2009/04/09

久しぶりに書く/WORD OF THE DAY 7.

まあ、元気にやっては、いたわけで。いろいろなことがありました。

TBS「落語研究会」という番組を発見。毎回一人の噺家にスポットを当てて研究者のコメントなども織り交ぜつつじっくり聞こうという番組。

前回は、柳亭市馬「蒟蒻問答」。
とんちんかんな問答のことを蒟蒻問答といったところから、それにかけて創作された噺だそう。
Yahoo辞書では、
《にわか住職になったこんにゃく屋の主人が旅僧に禅問答をしかけられ、口もきけず耳も聞こえないふりをしていると、旅僧は無言の行(ぎょう)ととりちがえ、敬服するという筋の落語の題名から》とんちんかんな問答。また、見当はずれの応答。

成立の順序が逆ですね。

サゲの内容が身振りぬきでは表現できないので、ラジオではまずかからない話だそう。
音メディアで落語に触れることがほとんどの身には新鮮で貴重だった。

禅問答つながりで、また臨済録を読み直す。
小説も映画も絵画も、本当に面白いものは理解不能な部分が3割あるものだと思う。
自分に体力がなければ、100%明快なマーベルコミックス原作ハリウッド映画しか受け付けられないけど。
でも、臨済録は7割理解不能。ただ、その中で繰り返し説かれるメッセージが心を打つ。
 諸君、まともでありたいならば、疑念を起こしてはならぬ。拡げれば宇宙いっぱいに充ち溢れ、収めれば髪の毛一本立てる隙もない、明々白々として自立し、いまだかつて欠けたことはない。眼にも見えず、耳にも聞こえない。さてそれを何と呼ぶか。『それと言いとめたらもう的はずれ』と古人は言った。君たち、ただ自分の目で見て取れ。これ以上何があろう。いくら説いてもきりはない。各自しっかりやってくれ。どうもご苦労だった。
——「臨済録」入矢義高訳注、岩波文庫

勇気づけてくれてありがとう。でも、人はそれぞれなので、デザイナーとして頑張ります。

2009/01/11

書籍装丁の展示@銀座

世界のどこかに生息しているであろう、珍しい生態を持つ「本」を蒐集した、
いきもの図鑑のような展示です。

銀座のレトロなビルの一室で、ひみつ工房さん制作の生き物のような様々な顔を持つ本と出会える展示です。ほぼ本職といっていいであろう、元くのいちのデザイナーにも出会えます。銀座お買い物のついでに立ち寄ってもいいっすね。
展示会場までは、レトロな手動開閉扉のエレベーターでどうぞ!

〜1月12日まで 12:00〜19:00まで
PLATFORM STUDIO
〒104-0061
東京都中央区銀座1-9-8
奧野ビル5F(515)


ひみつ工房の活動状況はブログ
あのひのたまねぎ


レトロエレベーター@銀座奧野ビル
おかしな本@第一回ひみつ工房展

2008/11/25

メモ(本・映画)

『ブラインドネス』 2008年11月22日公開
監督:フェルナンド・メイレレス
原作:ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』(NHK出版)
出演:ジュリアン・ムーア、マーク・ラファロ、伊勢谷友介、木村佳乃、ダニー・グローヴァー、ガエル・ガルシア・ベルナルほか
原題:BLINDNESS/2008年/カナダ・ブラジル・日本合作
配給:ギャガ・コミュニケーションズ      
公式サイト:http://blindness.gyao.jp/

2008/10/29

広告の論理

日刊・世界の広告クリエイティブさんで紹介されていた破壊理論/ディスラプション特集が面白い。
エディトリアルの場合(例外はたくさんあると思うけれど)短い期間と限定的な関わりのなかで、そのブランドやらしさを作り上げていくのはとても難しいことだと思う。汲み取ろう汲み取ろうとしても、ざるからこぼれ落ちるようなキモチ。
こういう風に考え方を紹介してもらえるのは、とても面白いと思う。うん。
原著はアマゾンで売っているけど、高い&英語…。