2016/06/12

HCD-Netフォーラム2016

2016年6月10日に、HCD-Netフォーラム2016に参加してきました。
リ・パブリックの田村 大さんの基調講演「イノベーションを生み出し続ける『生態系』をデザインする」が非常に面白かったです。

シリアルイノベーターからの内容も多かったですが、最近の1day republicの活動と合わせて、非常に染みこんできたので、(あと、ブログを再開するきっかけとしても……)ざっくりとメモを残しておきます。
目指すべき価値の方向性が分からない時代であるということと、メンターに出会うにはどうすればよいのかというところでいろいろ改めての発見が多かった様に思います。

イノベーションを生み出す

まず、博報堂時代の「ショッピングカートに情報端末を搭載して買い物の補助をする」という、ご自身の過去のプロジェクトを紹介。 このころから「開発を行うプロセスが面白いね」と言われるように。

これが、イノベーションについて考えるきっかけになり、「イノベーションは教えられるのか」という疑問が生まれたそう。 それについて、東大i.schoolディレクター堀井氏の提唱するイノベーターに必要な三か条を紹介されていました。以下の3つがイノベーションには必要なのだそうです。

  1. スキル
  2. モチベーション
  3. マインドセット

これを見ると、2/3がやる気の問題のような……。まあ、でもそういうものかもしれませんね。非常に分かる気がします。

そして、書籍『シリアル・イノベーター』を紹介。 この本では、“どの会社にもシリアル・イノベーター(連続してイノベーションを生み出す人)が存在する”という主張が展開されています。 執筆陣は、アメリカ西海岸の工学系大学の教授が中心。

工学系は実学であり、理論より実用性を重んじることが多いため、イノベーションとの親和性が高いとのお話。 実際に、田村さんがこの本をさまざまな方に紹介したところ、組織論の研究者からは「組織論では扱えないテーマ」と言われたのだとか。 なぜか? 経営学の基本では、人は平等であることが前提となるので、イノベーターという一部の特殊な人材がいる、という前提では理論になりえない(?)のだとか。

 うーん、そういうものなんですね、不思議。 ちなみに、アメリカ西海岸は3MやP&Gというイノベーションを生みだし続けている企業が多い土地ということも紹介されていました。


イノベーティブなヒト

次は、イノベーションを起こす人物の特徴について。 P&Gでalways(日本での商品名は「ウィスパー」)を開発したシリアル・イノベーター、トム・オズボーンを例にあげて説明されていました。

トム・オズボーンは、製品の正確な性能評価をするために、いわゆる「ヤミ研」で研究を行っていたそうです。 それまでは、試験に使う液体は粘度の低いものでしたが、それを現実の利用シーンに近い組成に近づけて、プロトタイピングを行ったのです。

このようなイノベーターと呼ばれる人物は、開発のプロセスをフェーズで分割せず、最初から最後まで何らかの形で関わる人が多いとのこと。  田村さんは、国内メーカー勤務の方に聞くと、「こういう人けっこういるね」という反応はままあるそうです。

同時にイノベーターは与えられた課題ではなく、課題そのものの特定から行うことが多いのだそう。このような「イノベーターとはどんな人物なのか」を理解するために、2012年には「シリアル・イノベーター研究会」を立ち上げたそうです。

著名なイノベーターのさまざまなエピソードをご紹介いただきました。とくに以下の2つが印象的でした。 

  • 飲食店に入るたびに、売上予測を必ずやることを繰り返すと、次第に売上予測の精度が上がっていく
  • ある製品開発に必要な工場の生産ラインを作るために15億円必要だったが、稟議が通らないので3人で分担して5億円ずつ用途をごまかしながら稟議を通した

明日からやると宣言すると……怒られるようなものもありますが、新しいことをやるためには、うまくやる、ずるくやるという側面も大事だなーと思いました。

シリアルイノベーターの行動モデル

そうしてさまざまなイノベーターへのインタビューを通して分かったことは……「日本も海外もイノベーターの人材モデル」は全く変わらないということ(!)。その特徴は「MP5 MODEL」としてモデル化され特性は5つに整理されています。きちんとした内容はあらためて『シリアル・イノベーター』をひかないといけませんが……。
  1. PERSONALITY:創造的だといわれる、忍耐強い
  2. PERSPECTIVE:技術は手段であると考える、全体思考をする
  3. PREPARATION:継続する・あきらめない、多様な学びと習熟
  4. POLITICS:社内政治
  5. PROCESS:技術と顧客のあいだを振り子状に移動しながらアイディアを詰めていく
また同時に、このようなイノベーターの成長プロセスを整理すると、いわゆる「めんどくさい若手」のパスを辿っていることが多いのだとか。本質的な課題への使命感を抱えていることが多く、面倒がられる行動や発言を行ううちに、一人でさまざまなことをこなす必要に迫られたり、社外とのつながりを持たざるをえなくなったり、このような状況が後に有効に作用するそうです。

このうち、とくに重要になるのが、会社の中ではなく外のつながりなのだそう。このつながりはイノベーターを導くメンターとして機能します。田村さんは、この「外のつながり」を実現するため、広島で「イノベーターズ100」というイノベーター養成プログラムを実践しています。このイベントでは、さまざまなパートナーがプログラムに参加しており、企業側参加者のメンターとしてサポートを行っています。

価値共創の時代のイノベーション

現在は、製品/サービスの価値は、顧客側の文脈や利用で決まるため、目指すべきイノベーションの方向性は見えない時代になっている。かつてはマーケティングとイノベーションは分離していたが、いまやその2つは混在しており、この状況のなかでは、人間中心のアプローチが非常に重要になってくる、と田村さんが仰っていたのが印象的でした。

人間中心の観点が製品の価値を決めた例として紹介されていたのが、インシュリン注射を行うためのNovo Penです。

 

ユーザーにとってのインシュリン注射に対する精神的な負担をプロダクトデザインを通して軽減することで、新しい行動、習慣、価値観を作るというイノベーションを生み出した例として紹介されていました。

突き詰めれば、イノベーションとは「あたらしい行動、習慣、価値観」を作ること。それには、「アイディア」と「あたらしい行動、習慣、価値観」の双方を、予期したり振り返ったりしながら、いったり来たりして進めるしかないと田村さんは話を締めくくりました。HCDのプロセスをアイディアのレベルでぐるぐると回すようなイメージが近いのかもしれません。