2009/04/29

幸運な悲劇のノンフィクション

41万語以上の収録語数を誇る世界最大・最高の辞書『オックスフォード英語大辞典』(OED)。この壮大な編纂偉業の中心にいたのは、貧困の中、独学で言語学会の第一人者となったマレー博士。そして彼には、日々手紙で用例を送ってくる謎の協力者がいた。ある日彼を訪ねたマレーはそのあまりにも意外な正体を知る――言葉の本流に挑み続けた二人の天才の数奇な人生とは? 全米で大反響を呼んだ、ノンフィクションの真髄。

マイナーはどうしても自分が役に立っていると思いたかったのだ。自分が参加していると感じたかった。賞賛の言葉を雨のように浴びたいと望みながら、それは無理なことだと自覚してもいた。彼は尊敬されたいと思い、自分は特別であり、他の独房にいる者とは違うということを、ブロードムアの人々に知ってもらいたかったのだ。

「博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話」
サイモン・ウィンチェスター 鈴木主税訳、ハヤカワ文庫NF


残念ながら、オックスフォード英語大辞典(OED)にお世話になるほど英語と接していないですが、ノンフィクションとしてはかなり面白かった。学問とそれを支える知的好奇心が境遇は違っていても満たされない二人の男の存在を支えていた、その事実がなんだか純粋で気持ちが洗われる。
あとがきの著者がこの本を書くきっかけになった、OEDのあるページの活版のモト(?活字が組まれたプレートのことです…。なんて言うんでしょ)に出会ったお話は、ちょっといい話。

平野甲賀さんの装丁も素敵です。特殊な印刷って、いい装丁の条件じゃないんだな、と改めて思いました。

2009/04/28

DESIGN HUB 第16回企画展:「デザインのYES NO」

東京ミッドタウンのDESIGN HUBで開催されている、「デザインのYES NO」展を見てきた。

デザインで社会を変えよう。 21世紀の日本に、何がOKで、何がNOなのか、
デザイナーが日頃考えていた事を、Tシャツとポストカードにしてみました。
生活の全てをYES・NOで見つめ直してみてください。そして、あなたのYES・NOもお知らせください。
全てのデザイナーが、全ての生活者が主張していきましょう。クリーンで美しい日本に変えていきましょう。
生活者一人一人が自己主張するTシャツ。デザインで社会を変えましょう。


生活のすべてをYES、NOで見直すっていうのは、テーマの設定が広すぎたんじゃなかろうか。
たくさんの人がそれぞれのメッセージを発信しているのは楽しいのだけれど、最後のまとめが一切ないのでぷらーっと見て終わり。
面白いな−、と思った作品が一個あって買おうかと思ったけれどTシャツのインクジェットプリントが安っぽくて、ベタ面がスカスカしてるから見合わせ。
これ夏に着てたら洗濯10回持たないんじゃないかな。自分が汗かきで洗濯回数多いので、洗濯耐性は重要なのです。

いろいろ言いたいことがあったんだけど、うまく文章にできませんでした。
降参です。

2009/04/26

WORD OF THE DAY 8.

優れた芸術家は真似る、偉大な芸術家は盗む
パブロ・ピカソ

2009/04/17

太田健太郎 作陶展

先週の土曜日に銀座の「工芸いま」で開催されていた、太田健太郎さんの作陶展に行って来た。
予備校〜大学時代の友人の結婚式で初めてお会いした予備校の先輩。不慮の事故から仕事を再開された「仕切り直し」の展示だそう。
会場には、ざらりとした手触りの作品が多く、ポストカードにもある、タコや海中の生物を思わせる作品がたくさんありました。
僕は千葉の外房出身なので、なんだか千葉の海が銀座に来てくれたような、そんな気がしました。
そのなかで、まるでご飯粒を集めてできたような、飯椀がすごく気に入って購入してきました。使い込んでいくと風合いがでてくるそうで、すごく楽しみ。
まだ会期があるので、工芸いまとあわせて銀座のギャラリーめぐりの一日などいいんじゃないでしょうか。

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どうも会場近くの新橋演舞場では、滝沢演舞城を上演していたらしく、大量の女性が開演待ちしてました。
銀座に突如現れた祝祭の空間。タッキーすごいな。

2009 春 太田健太郎 作陶展
2009年4月11日(土)〜19日(日)※最終日は五時にて閉廊
工芸いま
104-0061 東京都中央区銀座7-17-5
03-3542-5707
11:00〜19:00

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2009/04/09

久しぶりに書く/WORD OF THE DAY 7.

まあ、元気にやっては、いたわけで。いろいろなことがありました。

TBS「落語研究会」という番組を発見。毎回一人の噺家にスポットを当てて研究者のコメントなども織り交ぜつつじっくり聞こうという番組。

前回は、柳亭市馬「蒟蒻問答」。
とんちんかんな問答のことを蒟蒻問答といったところから、それにかけて創作された噺だそう。
Yahoo辞書では、
《にわか住職になったこんにゃく屋の主人が旅僧に禅問答をしかけられ、口もきけず耳も聞こえないふりをしていると、旅僧は無言の行(ぎょう)ととりちがえ、敬服するという筋の落語の題名から》とんちんかんな問答。また、見当はずれの応答。

成立の順序が逆ですね。

サゲの内容が身振りぬきでは表現できないので、ラジオではまずかからない話だそう。
音メディアで落語に触れることがほとんどの身には新鮮で貴重だった。

禅問答つながりで、また臨済録を読み直す。
小説も映画も絵画も、本当に面白いものは理解不能な部分が3割あるものだと思う。
自分に体力がなければ、100%明快なマーベルコミックス原作ハリウッド映画しか受け付けられないけど。
でも、臨済録は7割理解不能。ただ、その中で繰り返し説かれるメッセージが心を打つ。
 諸君、まともでありたいならば、疑念を起こしてはならぬ。拡げれば宇宙いっぱいに充ち溢れ、収めれば髪の毛一本立てる隙もない、明々白々として自立し、いまだかつて欠けたことはない。眼にも見えず、耳にも聞こえない。さてそれを何と呼ぶか。『それと言いとめたらもう的はずれ』と古人は言った。君たち、ただ自分の目で見て取れ。これ以上何があろう。いくら説いてもきりはない。各自しっかりやってくれ。どうもご苦労だった。
——「臨済録」入矢義高訳注、岩波文庫

勇気づけてくれてありがとう。でも、人はそれぞれなので、デザイナーとして頑張ります。