2010/03/10

オオカミと樽売り

MacBookの容量が一杯になってしまって、ファイルを整理していたらこんなテキストファイルが見つかった。
どういう経緯で見つけたのか…、知恵があれば人の命さえ救えるというところに感動したんだろうな。

作者はセルマ・ラーゲルレーフ? ニルスシリーズの作者の方なのかな。未読なので、いつか読もう。

 その昔スウェーデンのヘリェダーレン地方の山中で、オオカミが樽売りの男を襲った。冬の凍った川の上をソリで渡ろうとしている時十頭程のオオカミに追いかけられたが、男の馬は駄馬だったので逃げ切れるとは思えなかった。
 男はオオカミの吼える声を聞き追いかけてくるのを見ると、のぼせ上がり、ひたすら馬に鞭を当てていたが恐怖のあまり手足が震えるほどだった。そのまま山道を馬ゾリで逃げていると、男のほうに向かって、おばあさんが歩いてくるのが見えた。多分ソリに隠れて狼の姿が見えないのだろう。男はその時、おばあさんに注意をしないで素通りすれば、おばあさんが野獣の餌食になり自分は助かるだろう、自分と馬2つの生命を助けるには1つの生命を犠牲にするのが最善だと考えた。
 その時オオカミが激しく吼えたので、馬は驚いて狂ったように駆け出しておばあさんの前を通り過ぎてしまった。おばあさんもオオカミに気付いたようだった。
「俺がおばあさんの前を通り過ぎた時は、俺のほうが魔物に見えただろうな。」
 逃げられると一応安心したものの、すぐに彼の心は痛み始めた。彼は今まで一度も不名誉な事をしたことがなかったので、自分の一生はこれで傷が付いてしまったと思った。
「俺にはおばあさんをオオカミの餌食にさせる事はできない!」
 男は馬を後戻りさせ、不機嫌そうにおばあさんをソリに引き上げた。
「お前の為にオオカミに追い付かれれば、俺も馬も死ななけりゃならないんだ!」
男は猛烈に走ったが、後ろからオオカミのハアハアと息をするのが聞こえたので追い付かれたと男は悟った。
「もうだめだ、お前を助けてやろうとしたせいで結局俺もお前も死ぬんだ!」
 男は叫んだ。
 おばあさんは今までずっと黙っていたが、
「どうしておまえさん、樽を投げ出して荷を軽くしないの?明日引き返して拾っていけばいいんじゃないのかい?」と、言った。
 男は、そんな事すら思い付かなかった自分に呆れ、おばあさんに手綱を取らせて樽を投げ捨て始めた。オオカミは氷の上に投げ出されたものが何か確かめようと立ち止まったので、ソリは少しオオカミを引き離す事ができた。
「これでだめなら、私はお前さんが逃げられるようにオオカミに身を投げ出すからのう。」と、おばあさんが言った。
 その時、男はソリの上から大きな樽を投げ出すところだったが、手を止めて考えた。
(馬と俺は不自由のない身だ。その俺たちの為に、このばあさんをオオカミの餌食にする事はない。何か助かる方法もあるだろう。…うん、あるとも。ただ、その方法が俺に見つからないだけなんだ。)と、彼は思った。
 彼は樽を投げようとしたが、また手を止めてハッハッハッと笑い出した。
 おばあさんは驚いて、気は確かなのかと男の顔を見たが、男のほうは自分の間抜けさを考えておかしくなったのだ。どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう、と。
 男はおばあさんに、
「俺はみんなが助かる方法を思い付いたよ。お前、このソリにのって村まで走っていき、村人に助けに来てくれと頼むんだぞ。」
 そう言って、男はオオカミがソリのすぐそばまでくると、いちばん大きな樽を氷の上に投げ出して下向きになった樽の中に潜り込んだ。
 オオカミどもは、中にいる男をどうすることもできない。
 男は樽の中で寝転びながらオオカミどもをあざ笑っていたが、やがて
「これからは、俺は何か困った事があったらこの樽のことを思い出そう。俺は自分に対しても他人に対しても、不正な事をする必要はないんだ。物事を解決するみちは、見つけようと思えば、いつでも見つかるものなんだ。」
と、言ったのだった。


Nils Holugerssones underbara resa genom Sverige
By Selma Lagerlof 1906-1907

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